好きに暮らす -now or never-

50歳にして6歳の子育て真っ最中、兼業主婦の雑記ブログです。

【総まとめ】乳幼児期、こんな感じで子育てしました

最近、かなり子育てが楽になってきた感じがあって、

 

もうすぐ小学校入学で、乳幼児期も一区切りですし、

ワタシにとっては最初で最後の経験なのに、

どんどん忘れちゃうし、思い起こせることだけでも、

ここらで、少し振り返っておこうと思います。

 

 

好きに子育てできた

ワタシの体験から、結構、保育士さんや幼稚園の先生やなんかが、

子育て、特にしつけ的なことを言ってきたりして、

それが何だか自分とは合わず、

自分の子育てを否定されているように感じたことが

何度かありました。

 

ワタシはなるべくコドモの気持ちに添いたいと思って

行動したつもりだったのに、

「お母さん、子供に振り回され過ぎです」と言われたり、とか、です。

 

先生も長年の経験から、そうおっしゃってるのはよくわかるし、

先生の言う通りなのかもしれないんだけど、

でも、先生の言う通りにコドモに接するような自分は、

何だかしっくりこない、というか。

できない、そういう子育てはしたくないんだよ、

的な気持ちの時もありました。

(先生には反論できないですけど・・・ね^^)

 

我が家の場合は、

オットが、その度「気にするな!」とフォローしてくれたので、

そのまま自分の思う通りに子育てできた感じがしているのですが、

経験豊富な先生等からのアドバイスのプレッシャーって、

こちらは初めての育児でしたし、やっぱり相当あるな、と感じました。

 

なので、もし、子育てはこうすべき、

こうしつけるべき、みたいな情報がどこかから入ってきて、

苦しくなるママさん、パパさんがいらっしゃったら、

それはそれで参考にしつつも、

好きに子育てしたらいいんじゃないかな?

という気持ちを込めて書きたいと思います。

 

正解はわからないので、何も、保証できません

けど、なのですけど。

 

かなり型破り?非常識?な感じの子育てになっているかも?

なので、うまくいくか、いったかどうかわかりません。

でも、自分では、自分の思う通りの子育てができたと思っていて、

これまでのところ、満足しています。よく頑張った。自分!!

好きに子育てさせてくれてありがとう。オット!!と思っています。

 

自分の子育ての否定=今、目の前にいるコドモの否定になるとも思っていて、

そういうことはワタシはしないゾ、とも思っています。

 

河合隼雄(臨床心理学者)さんは

子育ては好きなようにする

『こころの子育て』朝日新聞社刊より

と書いていますし、

黒川伊保子(脳科学者)さんは

あなたの子は、あなたの感性が生み出した子だ。

あなたの感性で育ててあげれば間違いがない。

『母脳』ポプラ社刊より

と書いています。

 

迷うこともありましたが、この2つを思い起こして、やってきました。

(とは言え、オットには、いろいろ相談しましたし、

 一応、現代の子育てのスタンダードと思って、

 NHKの番組『すくすく子育て』もほぼ欠かさず観て、

 参考にしました)

 

ワタシの大雑把な子育てポリシー

①基本、母が笑っていること

②基本、夫婦仲が良いこと

の上での

③のびのび育てる=コドモのペースになるべく合わせる、好きにさせる

④人として尊重する=自分(ワタシ)がされて嫌なことは、コドモにもしない

 

(人によって、感じ方はそれぞれなので、

自分が嫌なことをコドモも嫌がるかは、

また別問題ではありますが、でも、コドモ自身が説明できないうちは、

まずは、自分を基準にして考えるしかできないので、

そんな風に考えていました)の4つが、大雑把に心がけたことです。 

100%は無理だったけど、できるだけ心がけましたよ~ってことです。 

 

①は、オットにもコドモにも、実際の言葉で複数回言われました。

あぁ、本当に、母(妻)に笑っていて欲しいんだな~と思っています。

 

後は、怒る場面を減らすことを心がけました。

そのほうがワタシのストレスが少なくなる・・・。

特に、何度も同じ内容を怒るのは、

ワタシには超ストレスになると考えていました。

 

子育てのポリシー的なもので、

よく「ダメなものはダメ」という言い方を聞いたりしましたが、

よくよく考えると、本当にダメなことって少ないのかなぁ~とも思いました。

 

それは本当にダメなことなのか、

それをされると大人の側が都合が悪いから「ダメ」と思うだけなのか。

よく考えるようにしました。

 

少し細かく書くと、

①高いところに上ってもOK

赤ちゃん(子供も)って、高いところが好きなケースがよくあると思います。

キッチンカウンターの上や、出窓部分、テーブルの上などに上りたがります。

 

ワタシは当初から、「そりゃ、高いところがあったら上りたいっていうのが

赤ちゃん心じゃない?」 という発想があって、一切、とめませんでした。

体の使い方を覚えたりするのにも、よいことだろう、

とも考えていました。

オットは最初、反対意見のようでしたが、

そのうち、ワタシの方針に合わせてくれました。

 

ただし、そばについて、危なくないように、

いつでも受け止められるように、手は常に差しのべていました。

そして、言葉がわかろうとわかるまいと、

「家の中ではいいけど、外ではやらないでね。

行儀は悪いことだから」と説明は必ずするようにしていました。

(途中から言うと、それこそコドモが混乱する、と思ったので)

 

「家と外とで、矛盾したことを教えると、

子供が混乱するので、一貫性をもって子育てしましょう」

「家でやっていることと同じことを外でもやるようになるので、

家でもきちんとさせましょう」という意見もあるかと思うのですが、

ワタシは、

「子供は家と外との違いはわかるし、行動を使い分けることができる」

と思っているので、そのようにしました。

(つい、うっかり、地(じ)と言うか、

育ち(の良さ、又は悪さ)が出てしまうということはありますけども)

 

今、コドモがどう育ったかと言うと、

外で激しく行儀が悪いとかはないので、

別に問題なかった(多分)、と思っています。

今でも、キッチンカウンターの上に上りますが、

特に、注意はしていません。

外ではしないし、一般的にはしない、ということもわかっていると

思うので。

 

②家の中を走り回ってもOK

これは、我が家が一戸建てだから可能だったことかもしれません。

コドモが走り回れるように、との理由で

一戸建てを選んだ部分もあります。

(マンションでも階下に住人がいなかったり、

防音がしっかりしたりしていれば大丈夫でしょうか?)

現在、コドモがサッカーが好きで、

よく一緒にLDKでサッカー遊び(ボールは柔らかめ)等をしていますが、

何の問題もなく、

「ドンドンしないで」と叱らなくて済みます。

義実家はマンションで、コドモが走ったりジャンプしたりすると

注意せざるを得ず、多分ワタシとコドモの双方でストレスになってます。

 

振り返ってみれば、家でボール遊びをしていたことがきっかけで、

サッカー好きになった、とも考えられそうなので、

よかったかな、と思います。

 

ワタシがあまりアウトドア派ではないので、

夏の暑い時期なども、自宅で好きに暴れてOKというのは

とても助かりました。

階段という、高低差のある構造

子育て環境にはいいと思っています。

 

家である程度動き回れる分?、アウトドア体験が少なくなっている、

というのがマイナスと言えばマイナスなんですが。苦笑

 

③散らかしてもOK

これは、前述の『母脳  黒川伊保子著 ポプラ社刊』という本を

読んだ影響が大きいです。

『男の子は散らかし放題OKで育てたほうが、空間認知能力が上がる』

という説を書いてらして、我がコドモを見ていて、そうかもなぁ、

と思うところがあり、

そのようにしました。(詳しくはこちらの記事

女の子の場合は、ちょっとわかりません。

 

母のそばに子供は来るものだと思うので、

LDK=子供部屋という認識で、

「片づけて!」とは、途中から言わなくなりました。 

この、「片づけて!」と言わないでいい、というのは、

結構ストレス減に役立った気がします。

 

それでも、あまりに散らかっていると、

散らかっている状態そのものに大人の側がイライラしてくるので、

そういう時は、ほんの少しでも小さな聖域を作ると乗り切れました。

我が家の場合は、

『キッチンカウンターの上だけは何も置かない』とかでした。

 

今、コドモがどう育っているかと言うと、

う~ん、他のお子さんを知らないので比較できないんですが、

まぁ、普通かと。

こども園から帰ると、玄関で、帽子、リュック、制服のジャケット、

靴下をぜ~んぶ、脱ぎ散らかして、LDKへ直行です。

たまに、思い出したように、靴下を洗濯機に入れてくれます。

 

普通(もしかして普通ではないですか?^^)と思って、

特に対策はしていないのですが。

おいおい、わかるでしょう、の構えです。

 

自分自身が、中学生位までだったか、

足の踏み場のない位、部屋が散らかったりしていた覚えがあって

(たまに片づけたりもしていて、

『楽しい部屋作り』みたいな本も持っていた記憶があるので、

それなりにインテリアにも興味を持っていたハズですが)、

それで、今どうか? と考えると、普通に片付けできているので、

ま、別に平気かな? と思っている、ということもあります。

 

④コドモは実験をしているのだ、と理解する

例えば、水道水を延々と出し続けたり、

トイレットペーパーを延々と引っ張り出し続けたり、

食べ物で遊んだり、

大人にとっては、???とか、無駄遣い、とか、

マナー違反とか思うことでも、

子供にとってみれば、全てが初めてのものだったりして、

その都度、実験をしているだけなのだと聞いて、

ナルホドと思いました。

 

繰り返し繰り返し納得いくまで粘り強く実験をしている。。。

これって、勉強の時に、まさに親が子供に求めたい能力

ですよね?

と考えると、ある程度、やらせておくのが得策、と思いました。

そのうち、コドモも飽きるのか、納得するのか、やめました。

行儀系のことは、一応「行儀は悪い。見てる人が嫌に思うよ」と

言い添えながら、です。

 

ま、でも、こちらも、限度もあるので、

あんまり上手にやらせておくことができなかったものもあります。

延々、水道水出しっ放し、とか、お金がからむものは、

ワタシには難しかったです(主婦~^^)。

仕方ない。。。

 

⑤要求は、基本満たす(おもちゃ購入は別)

「踏切が見たい」と言えば、

コドモのほうから「もういいよ」というまで、なるべく、つきあいました。

「絵を描いて」と言えば、なるべく描くようにしました。

「ペーパークラフト作って」と言えば、なるべく作りました。

他にも、いろいろ。

これは我ながら、意識してかなり頑張った部分です。 

 

 おもちゃの購入については、かなりシビア?で、

 誕生日まで、とか、クリスマスまで、とか、一定期間待たせて、

 それでも、欲しいという気持ちの変わらなかったものに

 ついてだけ買うようにしました。

 そこは、要求を即座には満たしてません。

 約束は守りました。

 

遊び場等で、「帰りたくない」と言うような時は、

自分のできる範囲で、「じゃあ、後30分ね」と再設定できる時はして、

それでも「帰りたくない」と言った場合は、

「じゃ、お母さんだけ帰るね」と言って、

その場を去る素振りを見せたら、

それで大丈夫でした。付いてきました。

 

「付いてこなかったらどうしよう?」と思わなくもありませんでしたが、

「付いてこなかったら置いていこう」位に思っていたら、

結果、付いてこないことはなかった、という感じでした。

 

どうしても、ワタシが嫌いでつきあえないものについては、

(ワタシの場合は、マイクラのアスレチック対決や、

マイクラの戦いごっこは無理でした。詳しくはこちらの記事

少しはつきあいましたが、

毎回、正直に、「これは、お母さん、楽しくない。やりたくない」と

言うようにしていたら、

そのうち、誘ってこなくなりました。 

 

1人っ子で、

ワタシが身近に遊び相手を作ってあげられる程、社交的でもなく、

結果、遊び相手がいないので、

ワタシが遊び相手にならざるを得ないのは、致し方ないです。

 

⑥食べ物の好き嫌いをしてもOK

コドモの味覚は、ワタシより、数段敏感

(苺は、先端側のほうが美味しいから、

そっちしか食べない(言われてみれば確かに)、

レンチンのものは美味しくないから嫌だ(確かに)etc.

まぁ、母泣かせです)で、

かつ、子供は、本能的に、

酸味=腐ったものの味、苦み=毒の味、を避けるようにできている、

ということを知って、ナルホドな~と思ったことと、

成長すれば、大抵のものは食べられるようになる、とのことで、

あまり気にしていません。

 

こども園の給食では食べている

(家だと、ママしかいない(お友達がいない)し、

ワガママしちゃうんだろうな、と解釈しています)らしいので、

そこで、まぁまぁ栄養はとれているだろうし、

それなりに食べていればいいかと。

 

⑦何事も、そのうちできるようになる、と考える

これは、オットがよく言っていた言葉なのですが、

「20歳になっても、オムツしてるヤツはいない」です。

その通りだと思って。

 

機能的に問題なければ、いずれ必ずできるようになることで、

できるようになる時期が多少早かろうが遅かろうが

大した問題ではない、です。

 

⑧期待値を下げる(ワタシの都合で勝手に上げない)

子育てで何がツライって、

その、ツライ時期がいつまで続くのか、

の見通しが立たない状態がツラかったです。

 

例えば、ママの膝の上じゃないと寝ない、

膝を外すと起きて泣く、そして、なかなか眠らない。

その間、ワタシは身動きできない、という時期。

 

最初のうちは、今はそんな時期なんだ、と割り切って、

それなりに余裕持って、取り組めたけど、

その時期が長く続くと、

一体いつまで? となって、ツラかったなぁ。

 

何か思い通りにいかない時に泣かれるのも苦手でした。

「もう結構話せるのに、何でこんなに泣くの?」と。

調べると、「この年齢では、まだまだうまく説明できません」と

書いてあったりして。

 

自分のコドモへの期待値が、 どうしても、

「這えば立て、立てば歩けの親心」じゃないけど、

コドモの成長よりも先に大きくなっちゃいました。

ワタシの場合は、

コドモが成長してくれたほうが、ワタシが楽になるから、かな。

 

その都度、期待値を下げる、というか、

もうしばらく時間がかかる、と覚悟し直して、取り組みました。

それでも、しんどいことはよくあったなぁ~。

 

思っていたことと違ったこと

「子供相手に怒るのはNG、叱るのがOK」

という言われかたがあり、子育て前は、何となくそうだろうな、と

思っていたんですが、

実際、ここまで子育てして、ちょっと違う感想を持っています。

 

一応、叱るは相手の為(相手に教える為?)に叱る

   怒るは、自分の(感情を外に出す)為に怒る、なのかもしれませんが、

受け手側は、そこまで区別して、受け止めないと思います。

どっちも、ある程度、怖い顔して、怖い声で言ってくるんでしょうから、

特に、年齢が小さいうちは、怖い感じで何か言われた~と思うだけだと思います。

 

そして、自分自身、日常生活で、あまり「叱る」と「怒る」の意味を

区別して、使い分けしていません。

 

ワタシが、例えば、園の先生に何か言われて、オットに話す時、

そんな怖い顔、怖い声で言われたわけでもなくても、

「先生に怒られちゃった」って伝えちゃいます。

正確には、叱られちゃった、が正しいんでしょうが、

それ位、怒るのほうが身近だし、同じような意味で使っています。

 

「叱る」じゃなくて「教える」と捉えたほうがワタシはしっくりくるな、

と思いました。

 

コドモ相手に、「叱る」場面ってほぼなくて、「教える」か、

こちらにも感情があるから、たまに「怒る」ことがあるって考えたほうが

わかりやすいなって、ワタシは思いました。

感情は止められないから、

怒ったら、その後、謝る、ということを大事にしました。

 

もう1つ、コドモが、ここまでこども園登園を嫌がるようになったのは、

想定外でした(理由を聞くと、今は「もう飽きた」と返ってきます・・・)が、

まぁ、よしとします。

何とか登園して、今日の日まで、一応、たどり着いたからね。^^

毎朝「(登園を嫌がっていることを)先生に言わないでね」と

念押しされたのが、とても印象的でした。 

さて、小学校入学でどうなるか? 

 

カメラで連続撮影して、パラパラ漫画?のようにして楽しむ、遊び中。 

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