好きに暮らす -now or never-

短時間派遣ママが7歳男子の子育て中。好きに書いてます。^^

【書籍】斎藤幸平『人新世の「資本論」』感想編

GWも残りわずかです。

 

こちらの本を読みました、の記事の続きです。

 

【書籍】斎藤幸平『人新世の「資本論」』を読みました - 好きに暮らす -now or never-

【書籍】斎藤幸平『人新世の「資本論」』内容編 - 好きに暮らす -now or never-

 

斎藤さんは端的に言って

「資本主義では気候危機を止められない」という意見と理解しました。

 

ただ、例えば(ほんと、たまたま例にするだけですが^^)

折しも、現在のNHK大河ドラマで取り上げられている

日本資本主義の父と呼ばれている渋沢栄一さんの理念は

みんなが豊かに」ということだと聞きました。

 

地球環境も含めた、途上国のかたも含めた、

みんなが豊かになる資本主義

というのならよいのかな~と思います。

 

ま、みんなが豊かになることを目指す、という時点で

それは資本主義ではない、というのが

斎藤さんの主張のようにも思いましたけれど。

 

斎藤さんの言う、資本主義は言いかえるなら

株主資本主義:株主の目先の利益の最大化が目的。

          その為なら何だってする???

(株主資本主義って、自分で勝手に作ったつもりだったけど、

 既に、そういう用語あるようです^^)

 

確かに、資本主義は、自由競争のもとで、

よりよいサービスを提供する企業や個人の利益が拡大されていく

というものだとも言えるので、

資本主義=株主資本主義みたいなイメージの面もあるし、

そういうケースが

現状では限りなく100%に近い割合で存在しているのか、

殆どレベルなのか、あるいは多いくらいのレベルなのか、

割合はわかりませんが、多いのは確かなのでしょう。

 

一方、最近は「ステークホルダー資本主義」と

いうことが言われ始めているようで。

ステークホルダー

 :利害関係者。株主は当然含まれるけれど、

  その他、取引先、従業員、金銭的な利害関係だけでなく、

  行政、地域、社会、環境といった企業を取り巻くすべて。

への貢献を考えていく資本主義とのことです。

 

元々、日本には「買い手・売り手・世間の三方よし」という

商売哲学? もある(あった?)ハズなので、

その方向で資本主義を捉え直すなら、

資本主義の枠組みがOKな部分も増えてくるのかな、

という考えもワタシは持ちました。

(それだけでは間に合わない、と

 斎藤さんはおっしゃっているようにも思いますが)

 

「日本企業が強制労働に関わっているのではないか?」ということが

問題になりました。なっています?

一応、大部分の企業は否定しているようで、

それは信じたいところですが、実情はわかりません。

日本にいらっしゃる技能実習生の問題も聞きます。

 

もっと(ワタシの)身近なところで言えば、

企業の(利益拡大の為の)調整弁として使われる、

不本意ながらの非正規雇用の女性の問題。

(女性以外のかたもいらっしゃると思うけれど、

 自分が女なので、より身近、という意味と、

 非正規雇用は女性のほうが多いそうなので、女性)

 

いち庶民としては、否応なしに、

株主資本主義の負の部分に巻き込まれてしまっていると思うけれど、

それを是正しようとする声が挙がってきているのも感じます。

できることはやっていきたいと思います。

(← できることは何か? って話。)

 

確かに、株主資本主義の勢いが強ければ、

地球は破滅に向かうな~とも思って、

で、多分、現状勢いは強いのでしょう。

商品を買う側も加担している・・・。

 

株主資本主義を食い止めないと、

斎藤さんのおっしゃるように

多分、途上国のほうから人は住めなくなって、

日本も少しずつ住めなくなってきたりして、

最悪、地球に人類は住めなくなって、

もしその時に技術が十分に発展しているなら

一部の富裕層だけが他の星に移住して・・・、

なんてSFチックな世界になってしまうかも???

または人類滅亡??? 

 

よく共通の敵ができると結束が強くなる、ということがあると

思うのですが、

共通の敵=気候危機、ということで

地球全体の結束が強くなる方向に進めばよい、と

思うのですが・・・。

 

資本主義の自由競争のもとで、

情報技術を秘密にして、競争することで成長してきた、

という面もあるけれど、

情報技術をオープンにすることで進歩のスピードが速かった

っていう事例もあると思うので、

これからはそっちの方向もいいんじゃないかな、ということも

個人的には思っています。

 

が、例えば、自国の経済成長優先、

または、世界で1番強い国になりたい

覇権を握りたい、といった感じのことを国のトップが語り、

それが正義である、とすんなり受け入れられる

世界状況も感じるので、・・・です。

 

自分や自分の身内の幸せ優先になる気持ちはわかります。

(自分がそうだから。

 自分の幸せを後回しにすることはワタシはできないし、

 他の人にも求めない)

けど、過度にそう思い過ぎていくと

やっぱり破滅に向かうのかな、と思います。

 

あるレベルを超えると、

経済成長と生活向上に明確な相関関係はみられなくなる、

というデータもあるようだし、

自分自身、自分の望む生活レベルに歯止めはかけられる、

感覚はあります。

例えば生活レベルを1970年代後半くらいまで落とす、

というのは個人的には許容できる感じがします。

自分が小学生だった頃、不幸な感じがあったかというと、

そんなこと全然ないので。

 

とは言っても、

身近な周囲が2021年の便利さで、

自分だけ1970年代後半レベルってなると、

それは嫌だと思うであろう自分も容易に想像できるんですけど。

へたれっス。^^

それはもう、

子どもの「みんなが持ってるから欲しい!」 レベル? の

うーん、本能的? 感覚のような気もします。

でも、消費者がいるから商品が売れ、

企業が存続するわけなので、消費者の責任もある・・・。

 

まとまってませんが、

まとまらない言い訳に? 

最後に。

 

マルクスさん、いろいろ勉強されるうちに、

主張が変化していっていることが、

今回の本を読んで、ほんのちょっとですが、わかりました。

本に出てくるマルクスさんに限らず、

いったん、世に出した主張を自己批判せざるを得ない状況になる、

ということはよくある。。。

そういう意味では、完璧な正解はすぐに出せなくても

考え続けることが大事なのかな、

と何だかとても勇気づけられた読書でもありました。^^

マルクスさんに勇気づけられるとは・・・。^^

 

とりあえず、これでこのシリーズは終わりにします。

また何かあったら書きたいと思います。