だいぶんコドモとも、
人としてつきあいやすく(笑)なってきたのですが、
今いちばん対応に困っているのが、
こんな感じの街や
こんな感じの鉄道博物館(コドモ曰く)を
思わず足で蹴飛ばしたりして壊してしまった時に
「(元通りに)直して~」
と大泣きされることです。
元の形をほぼ覚えていないワタシは
「どうなっていたか教えて」と聞くんですが
「教えられない。わからない。ママが直して」
ワタシが、わからないなりに
「こう?」と聞くと「違う」
「こう?」「違う」「こう?」「違う」で、
正解にたどりつくまで延々この繰り返しです。
その間、コドモはずっと大泣きで・・・。
コドモは、正解(元の形)を覚えていて、
覚えているから、「違う」と言えるわけで。
「お母さんは、もとの形をそのまま覚えられないの。
覚える力がないの。」
と言うと
「お母さんは嘘をついてる」と言います。
コドモとしては、自分が普通に覚えていることを
お母さんが覚えていないはずがないという気持ちなのかもしれません。
そんなことがあって、もしかして、我がコドモは
直観像記憶(見たままをそのまま映像として覚えられる能力)の持ち主か?
と思ったわけなんですが、
昨日ざっと調べてみたところ、
直観像記憶は
①ヒトも幼少期は普通に持っていて、ただ大人になる前になくなってしまう。
②まれに、大人になっても、その能力を持っている人がいて、
ものすごい才能を発揮したりする。
③例として、レオナルド・ダ・ヴィンチや三島由紀夫など。
④チンパンジーの幼獣も直観像記憶を持っている。
⑤人類が、言葉を発達させる以前に持ち合わせていた、より原始的な能力。
というものらしいです。
②③は知っていましたが、①④⑤については初めて知りました。
(詳しくは解明されてないようなので、諸説あるかもしれません)
確かに、子供が事細かに恐竜や昆虫を覚えているというような話はよく聞くし、
我がコドモも、
我が家の愛車と同じ種類のクルマを街中であっという間に見つけたりします。
これが直観像記憶なのか、と。
言語能力と引き換えに?失われてゆく?ものなのかはわかりませんが、
我がコドモの直観像記憶も、そのうちなくなっていくのかな。
右脳教育で知られる七田式とかをやると、ずっと維持されるのかな。
そもそも維持できた方がよいのかもわからないし。
親としては、どうするのがいいんだろう?