伊藤理佐さん(漫画家)の文章がまたツボにはまった話。
【伊藤理佐さん】宝箱かもしれないし。日常が大事過ぎる - 好きに暮らす -now or never-
うちの自慢の「三大無い」は、
・車
・電気釜
・居間の天井照明
なのだった。~中略~
何かの拍子に、この「無い」話をすると、驚かれることがあって、だんだん気持ちよくなってきて「自慢」としてみた。特に「電気釜が無い」はウケる。なんかテイネイに暮らしているヒトっぽく見られたりして、いい気持ち。クセになる。
2021年9月10日付け朝日新聞 伊藤理佐 オトナになった女子たちへ 「無い」との別れ 以下同じ
うちも炊飯器がありません。(車と天井照明はある)
実母は実家でガス炊飯器のことを「ガス釜」と呼んでましたが
電気炊飯器は「炊飯器」とか「炊飯ジャー」とか「ジャー」と呼んでいました。
「電気釜」とは、ワタシは呼びません。電気釜の呼び名って普通ですか???^^
自然な流れでそうなっちゃった感じで
特に自慢なわけではないです。^^
あ、理佐さんも本当に自慢なわけではなく、
「自慢」としてみてるだけ、だと思いますが。わかんないけど。^^
ワタシも割とシンプル好きで
そういう情報も割と好きで、よく触れてるせいもある? のだろうけど、
いつの頃からか、
「持たない」とか「シンプル」という感じが
すごくポジティブに捉えられている風潮があって、
(逆に「持っている」ことはネガティブに捉えられる感じ?)
だから、この、理佐さんの、
ちょっと「自慢」寄りな気持ちになる、というの、
わかる感じあります。
歴史をひもとくと、明治の頃から簡易生活という発想はあったとか・・・。
でも、自慢に思うことじゃないし、
自慢気に言うことでもないし、
逆に、炊飯器を持つのはダメ! って、否定されるものでもないよね。
と思います。
「で、電気釜が欲しぃ……」と、モジモジ、ヨシダサンが言ってきた。
※ヨシダサンというのは配偶者さんのことです。ヨシダサンがご飯作り担当だそう。
結果、理佐さん宅では炊飯器を購入することになったそうです。
何というか、シンプルライフ的なこと、いいんだけど、
元々、ワタシの好みでもあるし。
でも、ものすご~く押しの強い情報発信を見ると、
結局、モノとの付き合いかたも、
個人の、各家庭の、事情もあるし、好みもあるし、
自由なんだし、
何持ってたっていいじゃんか、
放っといてくれ、と思ったりすることがあります。^^
あ、まぁ、放っておいてくれてますから、
影響受けるほうが悪い、という言いかたもできるかもしれないし、
とやかく言うことじゃないんですけどね。
うーん。ついでに思い出したけど、
何かが自慢げに聞こえてしまう場合、
それは聞き手の要因が大きいのだろうか?
以上、ちょっと公開するのに勇気の要る記事でしたー。