好きに暮らす

短時間パートママが小6男子の子育て中。好きに書いてます。^^

実家の名字がなくなるかもしれない

実家の墓を、墓参りしやすい場所に移動させることになった時

 

そのタイミングで、墓自体も作り直された。

今後そこに入ることになるであろう人の名前が刻まれていた。

ワタシの両親と兄貴夫婦の名前があり

そして、ワタシのそれはなかった。

ワタシは結婚して実家から出てしまっていた。

 

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そんな風に感じるものだって話を

フィクションでもノンフィクションでも

あまり聞いたことはなかったし

何となく言ってはいけないことのような気もして

当時、誰にも何も言わなかったけれど

軽く、チラッと感じていたこと…。

ここに自分の場所はない。

 家族の中で自分だけ別のところにいってしまったんだ…」みたいな…。

そんなの、結婚した時にも感じてなかったような気がするし

別に、自分の骨がどこに埋められるかなんて

その頃、ちっとも気にしていなかったのに。

 

「お墓にかかるお金のこととか

 一切、○○(=ワタシの名前)に話す筋合いのものではない」と

父が、誰だったかに説明していたこともぼんやりと覚えている。

 

そんなことを思い出したのは

帰省した時に

ワタシの実家のほうの姓が途切れることになるかもしれない

という話が出たからだ。

 

結婚にあたり

甥っ子カップルは「女性のほうの姓を選択しようか」と

話しているらしい。結論はまだのよう。

 

「本人たちの考えを尊重する」という大前提で

話は終始したのだけど

いざ、実家の名字が消える、となると

既に、その名字ではないワタシですら

ちょっと感じるものはあった。

ワタシの母や、兄嫁さんのご両親からの

率直な感情として「さびしい」という気持ちも聞いた。

 

兄貴もちょっと複雑なようで

「自分の親やじいちゃん、ばあちゃん、先祖たちが

 ○○家の名字で代々続いてきたことを思うと

 ちょっと思うところはある」

というような。

 

男性の姓に揃える、となった場合

女性側も一定のさびしさ的なものを感じる場合があるだろうから

それと同じと言えば同じなんだろうし

とはいえ現行は圧倒的に男性の姓に揃えるパターンが多い…

という中にあっては、また少し違う感覚かも?とも思える。

世の中の慣習というのはすごいものでその影響を完全に受けない

というのは難しいかな。

様々な事情で名字がとだえてしまうのはざらにあることだし

仕方ない、と言えば仕方ないのだけど。

 

ともかく

 

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意外と、自分が考えてたより

名字って、自分の中で重みがあったんだな

って今回のことで思った。

自分でも驚いた。

 

名字への思い入れ度合いって

人によって全然違ってるんだろうな。