実家の墓を、墓参りしやすい場所に移動させることになった時
そのタイミングで、墓自体も作り直された。
今後そこに入ることになるであろう人の名前が刻まれていた。
ワタシの両親と兄貴夫婦の名前があり
そして、ワタシのそれはなかった。
ワタシは結婚して実家から出てしまっていた。
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そんな風に感じるものだって話を
フィクションでもノンフィクションでも
あまり聞いたことはなかったし
何となく言ってはいけないことのような気もして
当時、誰にも何も言わなかったけれど
軽く、チラッと感じていたこと…。
「ここに自分の場所はない。
家族の中で自分だけ別のところにいってしまったんだ…」みたいな…。
そんなの、結婚した時にも感じてなかったような気がするし
別に、自分の骨がどこに埋められるかなんて
その頃、ちっとも気にしていなかったのに。
「お墓にかかるお金のこととか
一切、○○(=ワタシの名前)に話す筋合いのものではない」と
父が、誰だったかに説明していたこともぼんやりと覚えている。
そんなことを思い出したのは
帰省した時に
ワタシの実家のほうの姓が途切れることになるかもしれない
という話が出たからだ。
結婚にあたり
甥っ子カップルは「女性のほうの姓を選択しようか」と
話しているらしい。結論はまだのよう。
「本人たちの考えを尊重する」という大前提で
話は終始したのだけど
いざ、実家の名字が消える、となると
既に、その名字ではないワタシですら
ちょっと感じるものはあった。
ワタシの母や、兄嫁さんのご両親からの
率直な感情として「さびしい」という気持ちも聞いた。
兄貴もちょっと複雑なようで
「自分の親やじいちゃん、ばあちゃん、先祖たちが
○○家の名字で代々続いてきたことを思うと
ちょっと思うところはある」
というような。
男性の姓に揃える、となった場合
女性側も一定のさびしさ的なものを感じる場合があるだろうから
それと同じと言えば同じなんだろうし
とはいえ現行は圧倒的に男性の姓に揃えるパターンが多い…
という中にあっては、また少し違う感覚かも?とも思える。
世の中の慣習というのはすごいものでその影響を完全に受けない
というのは難しいかな。
様々な事情で名字がとだえてしまうのはざらにあることだし
仕方ない、と言えば仕方ないのだけど。
ともかく
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意外と、自分が考えてたより
名字って、自分の中で重みがあったんだな
って今回のことで思った。
自分でも驚いた。
名字への思い入れ度合いって
人によって全然違ってるんだろうな。