そうそう! と思った記事です。
子供の個性、親の個性、関係性もいろいろあって、
様々な考えかた・やりかたがあると思うので、
ワタシは・・・という話です。
高3の秋までゲームに没頭しても放任を貫いた両親
先生から「漢字を何回も繰り返し書いて練習しなさい」と宿題を出されても、納得がいかないなら、やらない主義でした。「それは手の運動にすぎない。自分は違う覚え方をする」~中略~
高2の時、三日三晩部屋にこもって長編のロールプレイングゲームを完遂したことがありました。3連休に部屋から一歩も出ないで夢中になっていた僕に対し、母はついぞ一言も小言を言いませんでした。今思えば、よくぞそこまで放任できたなと。~中略~
そんな母も、一向に受験勉強をする気配のない僕を見てあきれ果て、単身赴任中だった父に相談したことがあったらしいです。父は、「失敗しても困るのは本人。だから放っておけ」と。僕の個性がスポイルされなかったのは、見守ってくれた両親のおかげだと思っています。
朝日新聞EduA 2020年6月28日号 ハイスクールラプソディー サイボウズ社長・青野慶久さん
その後の、10月末から自分で勉強することを決めて、
勉強して大学に入学した、ということでした。
(それで間に合うのだから、
元々そういった方面の才能のあるかたというところはあると思いますけれど^^)
子供によって違うと思いますが、見ている限りでは、
我がコドモは、親から言われて何かをするのは嫌、
というタイプだと思います。
例えば朝「昨日、(宿題の)音読と計算カードしないで寝ちゃったね」
と一応声をかけると、「知ってる」と返ってきます。
「自分でわかってるから、いちいち言うな!」みたいなニュアンスです。
そう言いたくなる気持ち、ワタシはと~ってもよくわかるので、
それ以上は言いません。
コドモのほうから「やる」と言い出せば「どうぞ」で、
言い出さなければ、放置するつもりでいます。
(これまでのところ、「やる」とコドモから言い出してます。^^)
ワタシは
『コドモに惨めな思いをさせたくない』
『コドモに恥をかかせたくない』
『コドモに失敗してほしくない』というようなことは考えないです。
むしろ、惨めな思いでも、恥でも失敗でも何でもどんどん経験して
コドモ自身で感じてもらいたいと思っています。
(事件的なことに巻き込まれる、というのはまた別の話です)
何でもいいんですが、
例えば夏休みの宿題に縄跳び練習が課されていて
休み明けに縄跳びのテストがあるような状況で。
声掛けくらいはしてもいいし、
コドモがやる気なら幾らでもフォローしますが、
もし、本人が全然練習する気にならずに、
休み明けのテストで全然跳べない・・・
悔しい・・・恥ずかしい・・・情けない・・・思いをするかも・・・。
そんな思いをコドモにさせたくない、とは思いません。
そう感じるんなら
感じて、次どうするか自分で考えてほしいです。
あるいは「僕の勝負どころは縄跳びじゃないから全然気にしない!」
と感じていてもいいと思っています。
放任主義って、ワタシが父親に
「うちって放任主義だよね?」って言った頃から
ワタシの大テーマな気がしてきました。
放任とだけ書くと放置と混同されかねない(ワタシの父のように)ので、
信頼関係の上での放任という風に書いておいたほうがよいかな。
「うちって放任主義だよね?」にまつわる話。
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コドモが小学校で育ててる朝顔。